MCU考察についてのメモ(4/5)

やばい。アイアンマンとキャップとスパイダーマンの考察を個別にするはずだったのに、書いてるそばから考察のネタが増えてしまい、まとめられなくなっている。


とりあえず、メモ的な感じで考えを整理してみたい。


・アイアンマン/トニー・スタークについて

アイアンマンというか、スターク親子は作った敵が多すぎる。あるいは、作った武器が敵に利用されていたり。正直僕は、「アイアンマンって倒した敵より作った敵の方が多くね?」「アイアンマンはヒーローとしてどうなの?」という感覚を抱いていた。


テン・リングス、オバディア・ステイン、なんとかヴァンコ、AIM、ウルトロン、バルチャー、ナントカマン(ネタバレなので言えないやつ)etc...


彼や彼の父、スターク社の関わった悪役はこんなにも多い。彼の物語は当時のアメリカ(世界の警察)を思わせる描写も多いので「まるでアメリカ人のカルマを精算するかのようだ」と思ってしまう。というか、MCU自体がそういうシリーズのような気もする。ブラックパンサーとかキャプテン・アメリカの映画もね。


・本物のヒーロー

そんな彼が関わった中で、正統派の外敵は『アベンジャーズ』のチタウリとロキ、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』と『アベンジャーズ/エンドゲーム』のサノス軍くらいだ。しかし、どちらの戦いにおいても、アイアンマンは大役を果たしている。チタウリとの戦いではマンハッタンに核ミサイルが撃ち込まれるのを阻止して、逆にそのミサイルで敵の母艦を撃破した。サノスとの最終決戦では、その身を犠牲してサノスたちを倒したさせた。そう、全宇宙の命を救ったのだ。彼はこの時、本物のヒーローになったのだと僕は思った。「作った敵より救った命の方が多くなった」のである。


スパイダーマンの立ち位置

MCU第一作のヒーローであるアイアンマン。その遺志を託されたスパイダーマン/ピーター・パーカーは、フェーズ4以降のMCUを引っ張る主役だと言える。事実、『アイアンマン』から始まる物語「インフィニティ・サーガ」は『アベンジャーズ/エンドゲーム』ではなく、その次のスパイダーマン/ファー・フロム・ホーム』が最終作だとされている。それほど重要なキャラなのだ。


アイアンマン3の立ち位置

アイアンマン3はシリーズの中でも特殊な立ち位置である。原作の人気エピソード『エクストリミス』を元にしたこの映画は、二つの観点から語れるだろう。一つはアメリカの物語として、もう一つは医療の物語としてだ。そして、この映画の時系列は『アベンジャーズ』の少し後に当たるが、そのテーマ性は、むしろフェーズ4──『エンドゲーム』が終わり、アイアンマンがいなくなった時代を思わせるものだ。


アイアンマン3アメリカ要素

アメリカ要素についてはかなり露骨だが、その中にはインディアン(ネイティブ・アメリカン、先住民)を連想させる描写もある事を書いておきたい。敵組織の「AIM」は、インディアンの権利を求める団体「AIM」と名前がよく似ている。また、インディアンの姿をした置き物から、トニーが服を拝借するシーンもあるのだ。とはいえ、白人がインディアンに行った蛮行は凄まじいものだ。それに比べれば、トニーの自分勝手さとアルドリッチの恨みは実に些細なものである。そのため、二人の関係をアメリカと先住民の関係にそのまま置き換えて考えるのは良くない気がする。


この映画に出てきた敵『マンダリン』は、アルドリッチの雇った役者で、テロ組織テン・リングスの首領を演じていた。アルドリッチは彼をカダフィと同列に語り「アメリカはわざと、自分の敵を自分で作っているのだ」的な主張をする。アルドリッチもトニーのせいで悪に堕ちたキャラなので、やはりアメリカとトニーが重ね合わせで描かれている。


・空っぽのアーマーを操るトニー

ラストバトルで、空っぽの大量のアーマーを操り、敵と戦うトニー。あのシーンも何か意味があるのだろうか?ちょっと分からんけど、兵士と指揮官のようなモチーフかもしれないし、なんか深読みできそう


・トニーの胸の手術

物語は、AIMとの決戦後、トニーが胸の手術を受け、金属片を取り除いたというシーンで終わる。正確には、トニーがブルース(ハルク)にそのことを聞かせているシーンで終わるのだが。ちなみに、ブルースはこういう事には向いてなくて、話の序盤で寝てしまっていたようだ。


 この『胸の手術』は、さまざまなメタファーとして読み解けそうだ。アメリカの外ではなく、内側に目を向けること。それこそインディアンの話も含めて、アメリカ国内の問題を一つずつ解消していく事だってそうだろう。あるいは、アイアンマン/トニーのキャラクター性に関わる描写として。彼が胸につけているリアクターは、スーツの動力源でもあり、同時に胸の金属片を抑える電磁石でもあった。それはトニーのアイデンティティに関わる要素だ。


また、この映画の序盤には「医療用の研究であるエクストリミス」が描かれる。医療で始まり医療で終わる映画なのだ。それなら、この映画そのものが『医療』をテーマにした作品だと考えても、問題はないだろう。


・フェーズ4の先駆けとしてのアイアンマン3

アベンジャーズなどの本筋的な作品と比べれば、この作品はトニー個人の物語であり、『アイアンマン』シリーズ単体の完結作である。そのため、シリーズの流れの中では位置づけづらい。しかし、そのテーマが医療だとすれば、話は別だ。例えば『スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム』はヴィランを治療する物語だったし、『ムーンナイト』は精神障害者が主役の物語だ。『エターナルズ』にもそういう描写があるらしい(まだ見てない)。このように、MCUのフェーズ4とされる作品は医療を扱った作品が多い。また、精神医療という面でも、アイアンマン3は先駆けである。パニックや睡眠障害に悩まされ、アーマー依存症となっているトニーが描かれるからだ。


・ムーンナイトの先駆けとしてのハルク

トニーの話を聞いていたブルースだが、心拍数が上がると別の人格「ハルク」に変身してしまう彼は、解離性同一性障害(=多重人格)の特徴を持っている。肉体的な変化を別とすれば、本当にそれっぽいキャラ造形だと思う。アイアンマン3では「トニーの話を聞いてる内に、すぐ居眠りしてしまった」ブルースだが、この描写でさえ彼の症状に関わるもの(解離による眠気)として解釈できる。もっとも、解離による眠気は誰でも起きる事なので、脚本家がそこまで考えていたかは分からない。これに対して、『ムーンナイト』は明確に「解離性同一性障害の主人公」という事をウリにしていて、ハルクとは描き方が違う。とはいえ、ムーンナイトの先駆けとしてのハルクには、注目すべきだろう。


・ハルクのデビュー映画が退屈だった理由

ところで、『インクレディブル・ハルク』はちょっと退屈な映画で、深読みするところも少ない印象がある。ていうか地味。実際、アイアンマンとは違って『ハルク2、ハルク3…』みたいな続編が作られていない。不人気なのだ。では、どうしてそんな映画になったのか考えると、「解離性同一性障害の主人公」という点をメインテーマにしなかった事が理由かもしれない(例えばね)。ハルクの魅力は無秩序で暴れん坊なところだから、精神医療的なテーマを扱う必要は無かったのだろう。しかし、あの映画は恋人が登場してからが面白いので、せめて「ハルクと恋人」みたいなテーマに絞って欲しかったかもしれない。つまり、序盤にポルトガルのジュース工場を長々と映すのではなく、ハルクの恋人や、ハルクが変異してしまったキッカケを描いてほしかった。てか、あの序盤は吹き替えで見てても字幕ばかり出てくるので、そこも含めて超☆退屈だった。


キャプテン・アメリカ仮面ライダーに関する考察(初代、クウガ、G4など)

めんどくさいし、長くなるから書かない。他の考察と比べてまとまりが良さそうだから、今度やる気が出たときに書いてみよう。


感想

つかれた〜!!!!でも良い疲れ。結構色々考えてたのが分かったし、書きたい事を全部書けたし。ここに書いた考察は、後で分解していくつかの記事に変えようと思います。ハイ。