【特撮考察】ウルトラマンと地球意志 〜多神教としてのウルトラマン、あとガメラ〜

ウルトラマングレートでは、地球意志が二体の怪獣を呼び寄せ、人類を滅ぼそうとした。

ウルトラマンガイアでは、地球意志が二体の巨人を生み出し、人類を守った。


二つの作品は、同じウルトラシリーズ、同じ90年代の作品でありながら、『地球意志』を真逆に描いている。このように、人類を救ったり滅ぼしたりする『地球意志』とは、一体何だろうか。


『地球意志』という概念の元ネタは、はるか古代の自然崇拝(アニミズム)にさかのぼるか、90年代に提唱された『ガイア理論』にさかのぼるしかない。ガイア理論において、地球環境は一つの生命体のようなものであるという。人類はその一部であり、自然界の動植物もその一部である。


このような『地球意志』が表すものは、主体としての地球だ。それは人間と同じく、あるいは神と同じく、主体的に行動し決断する、意志を持っている。あるいは、人類が集団で何かを選ぶように、地球や動植物も何かを選ぶ事ができる。


そこでは、人類だけの正義は通用しない。


人類の正義と同じか、それ以上の重さを持つ正義。人類だけの社会よりも、もっと広い世界の正義。『地球意志』はそういった正義を表し、人類に問いかけを突きつける。人類は本当に守るべき存在なのか、人類は同じ星の生命を敵に回しているのではないか、と……


こうした地球意志のモチーフは、ウルトラマングレートウルトラマンガイア以外に『平成ガメラ』という特撮映画にも出てくる。興味深いのは、同時期の作品であるガイアとガメラにおいて、中国の四神(青龍、朱雀、白虎、玄武)がモチーフとなっていること。例えば朱雀は、ガイアならシャザック、ガメラならギャオスやイリスとなっている。


四神と麒麟はそれぞれの種族の代表であり、自然界の五元素(五行)を司る神や精霊のようなものだ。本来、ガイア理論は科学的な理論ではあるが、地球に意志が宿るという世界観は神話的である。実際、ガイアはギリシャ神話の大地の女神である。そのため、中国神話のようなアニミズムとは相性が良かったのかもしれない。


(余談だが、2017年のアニメ『けものフレンズ』は自然界と文明の共存を謳ったアニメであり、終盤では四神の力が重要となる。特撮ではないが、近いテーマを扱った作品なので気になっている。)


また、四神が東洋文化であることも意味があるのだろう。近現代の文明においてスタンダードとなっている、西洋文化、科学文化に対して、東洋的なモチーフがカウンターとなるのだ。そういえば、ウルトラマングレートの『コダラー』と『シラリー』も百済新羅が名前の由来である。


一口に西洋文化といっても色々あるので、ここでは深く厳密な話はしないことにする。ただ、「科学技術によって自然を支配・征服する西洋文化に対して、東洋文化は自然と共存する文化だ」という言説をよく見かけるのは事実だ。特撮でも、そういった考えを元に作られたと思われる作品やキャラは多い。


宇宙の全存在を吸収し、孤独に近づいていくゴーデス。ハキリアリのように社会と農業を営み、地球にダメージを与えるレギオン。その姿は、西洋文明/現代的文明の姿を元にしているようにも見える。


さて、ウルトラマンの世界観は、神的存在であるウルトラマンを中心にした、一種の多神教的世界として考える事ができる。たとえばウルトラマングレートでは、ウルトラマンを「あんたらの神」と呼ぶアボリジニが登場する。ウルトラマングレートは『西洋的な近代文明における(科学的な)神』の象徴なのだ。それは人類を外敵から守る存在だが、唯一の神ではない。デガンジャガゼボ、シラリーやコダラーだって神的存在なのだ。ゴーデスが宇宙でただ一人の存在になれなかったのと同じく、神としてのグレートや人類の正義も、唯一の存在にはなれないのだ。


他のウルトラマンでは、ウルトラマンダイナやウルトラマンコスモスが興味深い。


ダイナは、人間であるアスカが変異した、未知の存在である。それは神というより、科学の先にあるものや、人間の可能性かもしれない。


コスモスの物語では、ウルトラマンがサンタのような存在として語られていた。つまり神的存在というより、おとぎ話の存在なのだ。同じように、怪獣も、昔話のキャラクターや妖怪のような趣きがある。ヤマワラワ、カッパのかわのじなどは、完全に妖怪だ。


そして、地球意志という論点では、興味深い描写がある。それはウルトラマンコスモスVSウルトラマンジャスティスの描写だが、長くなったので別の記事で扱おう。