【MCUと付喪神】ソー/ラブ&サンダー 二回目の感想

二回目のラブ&サンダー、行って参りました!!


一回目に見に行った時も感想は書いたんですけど、メンタルがアレだった時期ゆえか、ちょっと読みづらいですねえ(恥ずかしいのでリンクは貼りません)。今回は、二回目の鑑賞で気になったことを書きます。


1.ムジョルニアとストームブレイカーの擬人化的表現


 擬人化といっても美少女化ではありません。『道具に意思が宿っているかのような描写』という意味です(ハンマー娘プリティームービーとか誰得だよ)。


 今までも、ソーの武器に意思があるような描写はあったと思うんですよね。


例えばムジョルニアを持てるのは資格ある人間だけですが、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』でそれができたのは、ソーとヴィジョンだけ。キャプテンアメリカはできませんでした。


しかし『アベンジャーズ/エンドゲーム』では、なぜかキャプテンアメリカがムジョルニアを持ち上げています。何故?資格ある者の基準とは一体?


解釈は色々ありますが、その一つとして「基準は絶対的なものではなく、ムジョルニアの意思で使い手が決まる」という解釈ができると思います。そして「ムジョルニアに意思が宿っている可能性」は、今回の映画でほぼ確定したわけですね。ジェーンだって、今までの映画ではムジョルニアを使えるわけないですから。


2.そのような表現が可能になったのはなぜか


やっぱり、MCUが軌道に乗って、もはやアメリカ的リアリティを気にしなくてよくなったからですかねえ。『アイアンマン』や『キャプテンアメリカ』はアクション映画のノリだったし、『マイティ・ソー』にしたって、物理学的なリアリティの延長線にアスガルドを描いてますからね。


それから、『全能の町』(オムニポテンス・シティ)が出てきたのも大きいかと。今まで、MCUには北欧神話以外の神話要素がほとんど出てこなかったわけですが(※一応、ヘラとサノスはギリシャ神話)、やっと全世界の神様が出てきたわけですよ。ソーの席の近くに、よく見るとバーストケツァルコアトルがいたり。


それに、近頃は『エターナルズ』や『ムーンナイト』にも神話要素が出てますよね。


そういう多神教的な世界観は、そもそも何に基づくかといったらアニミズムなんですよ。万物に宿る命を、神や精霊としてあがめる。そういう世界観では、太陽、月、天空、雷、かまど、トイレ、武器、岩、動植物… と、何にでも人間的な命を見出せる。


別の言い方をすると、『小籠包の神様』と『ムジョルニアやストームブレイカー』って似たようなもの。小籠包が喋る世界では、武器が武器に嫉妬してもOKなんですよ。命が宿ってるから。そもそもソーやゼウス自体が、本来はカミナリの擬人化に過ぎないわけです。


3.トニーの製品について振り返る


と、フェーズ4までの「付喪神」的表現を振り返ってみましたが、今度はフェーズ1〜3について。パッと思いつくのは、ウルトロン、ヴィジョン。それからジャーヴィスと、作業のサポートをするアーム?あそこらへんは、無機物だけど知性や親しみを感じさせる描写がありますよね。というか、ウルトロンとヴィジョンは知性あるんでしょうね。マインドストーンの影響で。


これをフェーズ4の描写とどう比べるか…。一つは、「マインドストーンという理由づけの有無」、もう一つは「コンピュータの有無」が言えると思いますね。


ロボットとは違って、ストームブレイカーや小籠包にはコンピュータが内蔵されてませんから。そういう面で、やっぱりファンタジー度が上がったと思いますね。


3.ゴアの娘とエタニティ


一回目に見た時はよく分かってなかったのですが、どうやらゴアの娘さんってエタニティの力を宿しているそうですね。水面に映った影がエタニティだったし、「神の力を持った娘」ってナレーションで言われてましたし。こりゃーどえらいヒーローに育ちそう。


そうそう、神の力といえば、僕はアメリカ・チャベス=ヴィシャンティの化身なんじゃないかと疑っています。今度ブログに書くのでヨロシク!(自己宣伝)



とりあえずこんな感じで。バオ!